1704年にベルリンにおいて顔料の製造を行っていたハインリッヒ・ディースバッハによって偶然発見されたとされている。当時は安価な青い顔料は他に存在しなかったため、これは陶磁器に彩色するために広く使用されるようになった。その後、彼の弟子によってパリでも製造されるようになったが、製造方法は秘密とされていた。
1726年にイギリスのジョン・ウッドワードがこの顔料が草木の灰とウシの血液から製造できることを発表し、製造方法が広く知られるようになった。
日本では平賀源内が『物類品隲』(1763年)に紹介し、1826年頃から清国商人がイギリスから輸入した余剰を日本へ向けて大量に輸出・転売したために急速に広まった。なお、葛飾北斎が1831年に描いた「富嶽三十六景」において紺青を用いて描いた濃青が評判になって全国に広まったとする俗説が存在するが、実際には大量輸入による値段下落をきっかけに流行となった紺青の絵具を北斎も利用したのが実情であると見られている。
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| — | 紺青 - Wikipedia (via seiichirou) |
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